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スクラップ・ブック

■ ここには、私達の2回目のアメリカア在住(2000年12月)〜2015年までの生活も、
少々スクラップとして載せています。 楽しんで頂ければ嬉しいです。
***下記のタイトルをクリックして頂ければ、その場面に移動します。***

?? 下記にも書きましたが、去年の7月にアメリカで有名なファンキー・ジャズ・グループのファンキー・ナックルズが来日しました。 このグループは、アメリカ・テキサス州のDFW(ダラス・フォートワース・メトロプレックス)拠点のバンドで、今後期待の大きいグループです。 今回(2018年2月)、そのグループのギター・プレイヤーのフィルが去年に引き続き、再度の来日をしました。
今回は彼の大学時代の学友の結婚式での来日だったのですが、余った時間を利用して私達と会いたいとのメールを貰ったので、限られた時間だったのですが築地市場とその場外市場を案内しました。
彼の滞在先との関係で、東京駅で待ち合わせ。 その後山の手線で移動〜銀座〜歌舞伎座の前を歩いて築地まで行き、市場と場外を案内しました。 外国人にとってはこの様な場所は珍しいので、凄くエキサイトしていました。
彼は大の日本フアンで、お寿司もウニ、イクラ、赤貝、穴子、鰆の昆布締めなど等、何でも喜んで食べていました。 楽しい一日でした。

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Funky Knuckles at Blue Note Tokyo With our friends,  Funky Knuckles

?? 私達の多くの友人達が所属しているファンキー・ジャズ・グループでアメリカ・テキサス州のDFW(ダラス・フォートワース・メトロプレックス)拠点のファンキー・ナックルズの総勢6名が、2017年7月に東京のブルーノートに演奏をしに来ました。
このグループには、私達がダラスに居た時に親しくお付き合いをしていたメンバーが4名います。
ギターのフィル、トランペットのエヴァン、テナーサックスのベン、キーボードのケイレブです。 リーダー的存在のベースのウェスやドラムのセドリックはこのバンドを通じて知り合ったのですが、先に書いた4名は彼らが大学生だった頃からのお付き合いでした。 長いもので、もう7〜8年前からのお付き合いでしょうか。
彼らが来るニュースはギターのフィルからのe−mailを通じて2017年5月に貰いましたが、今までもアメリカ時代の友人が日本に来たことはあっても、こんなに多くの友人が同時に来るというのは初めてでしたので、帰国後最高のニュースになりました。
彼らはホテル・オークラに泊まったのですが、滞在期間は演奏の直前に来日して直後に帰国と言う非常に忙しい日程でしたし、ブルーノートでの演奏が毎日夜の部も有ったために一緒に食事をしたり何処かへ観光に連れて行けるという時間は取れなかったのですが、合間を練って一回だけ昼食を一緒に出来ました。 日本食大好き人間ばかりですので、楽しい時間でした。^0^
滞在中はずっとリハーサルや毎日2回の演奏で忙しかった彼らですが、フィルが2日間のチケットを準備してくれていたので、2回に渡って久し振りのアメリカ音楽を楽しむことが出来ました。 どちらかと言うとNY感覚のファンキー・ジャズを演奏する面白いグループですので、何時かの機会に皆様もブルーノートに足を運んで頂ければ…。^0^
これらの写真はブルーノートでの写真ですが、皆で一緒に撮ったものは皆でふざけて撮ったものですので、彼らの本当の姿ではありません。^0^ 念の為に…。


??カナダからの友人来日、2017年3月末〜4月初め
カナダのバンクーバー近郊に住んでいる友人が、私達を訪ねてやって来てくれました。 わざわざ会いに来て下さった二人の友情、凄く嬉しかったです。
二人は私達にとても良くして下さり、2段下の"日本の親友の来米、2013年7月"でも登場します。^0^ 私達と日本の友達がシアトルに行った時にも、二人はわざわざカナダから車を飛ばして来てくれて、一緒にシアトルを廻ったり食事を楽しんだりと楽しい時間を共にしてくれました。 こういう友情って、凄く大切にしたいと思っています。
今回彼らは、日本の桜を見てみたいと言う事で、数か月前から”桜予報”なんかを調べて、綿密に日程の計画、訪問先の計画を立てました。 でも、残念ながらこの年は桜が予報より1週間遅れて咲いたために、満開の桜が見られたのは最後の2日間だけ、それも浅草に行く前の上野の公園でした。 でも、その他の横浜や鎌倉、京都、大阪も概ねは天気に恵まれたので、まあまあ満足して帰って頂いたのかな〜と思っています。 良かったです。^0^

2日目に訪れたのは皇居です。 あいにくの天気だったのですが、どうにか観られて良かったです。
最後の〆は、映画『Kill Bill』でも有名な(^0^)、西麻布の権八へ。 映画が好きなマーティンは大喜びでした。

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京都へ。 残念ながら清水寺は工事中の幕が張っているとのことで、時間の関係上計画を変更して金閣寺、龍安寺、仁和寺、伏見稲荷、建仁寺(京都最古の禅寺)などを廻ることにしました。 でも更にトラブル発生。^0^ 余りにもジックリ・ユックリ見て廻っていたので、龍安寺の直ぐそばにあるにも関わらず、仁和寺は4時で締まっていました。  残念でした。

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京都では神社仏閣だけでなく、興味深い書画を見ることが出来ます。 沢山有ったのですが、数点を…。

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今回は桜の季節。 京都のホテルが一杯だったのと、友人の計らいで大阪の御堂筋にある日航ホテルが取れたので、
大阪宿泊にしました。 せっかく大阪に来たので、夕食は心斎橋か道頓堀で…。 カモのしゃぶしゃぶの店で食べた
のですが、美味しかったで〜す。^0^  全ては友人の計らいで…。 感謝しています。

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最後は東京に帰って来て、関東の小京都を見てもらいたいと”いざ鎌倉”へ…。^0^ 二人は結構楽しんでいました。^0^

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??私達のアメリカでの送別会、2015年8月29日
私達がアメリカを去る前、ダラスのダウンタウンにあるとても素敵なギャラリーで、友人たちが飛びっきりの素晴らしい送別会を催してくれました。 この素敵なギャラリーは、TVAA(テキサス・ビジュアルアーツ・アソシエーション)に属するものですが、ギャラリー関係者の配慮で無料で貸して頂きました。 その時のギャラリーのディレクター、アシスタント・ディレクター、キュレーターが、近い友人だったお蔭かと思って感謝しています。 ギャラリーのジャン、ジニー、シャリーには心から感謝しております。 彼らは影での大部分のサポートをしてくれました。
又、勿論私達の親友たちのロザーン、ビル、ロナ、スティーブ、アンドリュー、マイクなどなど、沢山の方に有難うと言わせてください。

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**左;準備中に。^0^
**中央;親友のアンドリューが音楽を担当してくれました。 大変感謝しています。
**右;段々と沢山のミュージシャンが来て下さって、代わり代わりに演奏を…。 素敵でした。^0^ ^0^

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**左;中央は著名なジャズの大学で、数年前まで教壇を取っていたジムです。  私達は彼を『ファザー』と呼んでいました。
**中央;演奏の合間のつかの間の休憩。 ミュージシャンは音楽談議に花を咲かせていました。^0^
**右;沢山の友人がヘルプをしてくれました。^0^
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**左;ミュージシャンが、私達の為に特別な演奏を…。 チョッと悲しく、チョッと寂しい瞬間でした。
**中央;サックス奏者が競ってソロを取る、スッゴク面白いサキソフォーン・マドネスです。^0^ ^0^
**右;送別会の会場だったギャラリーの外からの写真です。 お客さんが沢山。 有難うございました。
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私達は数え切れないくらいのダラス近郊のジャズ・ミュージシャンにからもサポートを頂きました。
音楽をリードしてくれたのは、親友でダラス1番のドラマーのアンドリューですが、その他にも凡そ35-40名のジャズ・プレイヤーが駆けつけて来てくれ、ほぼ2時間半ほど演奏をしてくれました。 それも、殆どが無料で…。 これも感謝、感謝です。
これをリードしてくれたアンドリューは勿論、バディー、2名のブラッド、クリス、クァモン、デイブ、ブライアン、ジェフ、ピート、メラニー、ベンそしてもっともっと(沢山過ぎて名前を憶えていません。^0^)の演奏者に感謝しています。
また、ダラス・シンフォニーからも主席のベース奏者とヴァイオリニストが来て下さいました。
もっと有ります。^0^ 沢山のアートの仲間たちと、私が絵を9年間学んでいたカレッジの教授たちも来て下さいました。
例え私達はダラスを去らざるを得ませんが、ダラスには数え切れないくらいの友人とメモリーが有ります。 有難うございました。



??日本の親友の来米、2013年7月
日本から、親友が遊びに来てくれました。 彼の訪問は、私達の滞在期間の20年間の中で2回目です。 嬉しかったです。^0^
今回はダラス以外に、一緒にシアトルとマウント・レーニエに行きました。 シアトルとマウント・レーニエは余り天気に
恵まれなかったのですが(マウント・レーニエでは、雨と雷で山小屋に1時間半ほど足止めをさせられる羽目に…)、
それでも、シアトルではガラス細工で有名なチフーリに行ったり、楽しい・思い出深い旅行になりました。

反面ダラスは晴れ〜! ^0^ ジャズとワインを楽しんだり、買い物に行ったり、満点の空の下で泳いだり、本当に通常の
アメリカ生活をエンジョイして頂けたと思っています。 楽しい訪問でした。

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**有名なチフーリのギャラリーです。 素晴らしいガラス工芸品が沢山ありました。

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**左;有名なパイク・マーケット・プレイスの前です。 ここの鮭の燻製は絶品です。^0^
**中央;スターバックスの第一号店です。 スターバックスはここから始まりました。
**右;パイク・マーケット・プレイスの近くにある、シーフードのレストランです。 ワインも食事も大満足でした。^0^

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雨のマウント・レーニエ。 残念でした。 でも、予約なしで可愛いプチ・ホテルが取れました。 ラッキーだったです。

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**左;悪名の高い(^0^)、ケネディー大統領が暗殺された場所です。 アメリカ最悪の歴史だと感じています。
**中央;友達の4日間のダラス滞在中、日中は暑かったので家のプールで過ごす日が数日在りました。^0^ ^0^
**右;ジャズで有名な大学UNTがある町のデントンのレストランで、ビッグバンドのコンサートがありました。
   演奏者は、超有名な人ばかり。 サックスのジム、クリス、ピート、クレイ。 トロンボーンのトニー、グレイグ。
   トランペットのロン、ジム。 それに最強のリズム陣のステファン(P)、リン(B)とエド(D)。
   素晴らしいジャズでした。 料金? フリーです。^0^ ^0^ ^0^



■ 2011年の夏、ダラスは暑〜い夏の記録を作ってしまいました。
今までの“暑い夏”の記録は、2008年のものだったのですが、最後の方にはプールで泳いでいても暑すぎて、泳ぐ気力さえも失せる有様でした。
その記録とは、以下の通りです。
*華氏100度(38℃)を超えた日数=71日(2008年は69日)
*連続で華氏100度(38℃)を超えた日数=46日(2008年は47日で、記録には一日足りなかったのですが‥。^0^)
暑さって、写真には写りませんし(^0^)、写真を撮る気力もなかったので、今回は写真は無しです。 ゴメンナサイ。^0^ ^0^

Shelley at Free Man Eno's

■ ダラスに、新しいジャズ・スポットが誕生しています。  一つは、現在でもデューク・エリントン・バンドと女性歌手のシェリル・クローのバンドで世界を飛び回って活躍中の、シェリー・キャロルが率いるバンドが週に3回出ているお店、フリー・マン。  ここはニューオリンズから生まれたケイジャン料理を出すレストランとバーのお店ですが、シェリーのジャズは勿論、サーブするケイジャン料理も美味しい店で、なかなかグッドです。
もう一つは、数年前までジャッキー・マクリーン(亡くなられたのですが、有名なサックス奏者でマイルスやジャズ・メッセンジャーズなどでも活躍していた人)のグループに属していたアラン・ジェイ・パルマーと言うピアニストが率いるバンドですが、こちらはダラス南部のオーク・クリフと言うところにある、美味しいピザ屋さんでの週1回のジャズです。
選んで聴きにいけるジャズの範囲が広がるって、スッゴク楽しい事ですよね?


Irving Art Center-2011 Jazz Festival in Dallas

■ 2011年の春に、テキサス近隣展示会と言うのがありました。  この展示会には、テキサス州を中心としたオクラホマ州やルイジアナ州など5州から、約500点ものエントリーが有って、その中で80点が入選で選ばれて展示されていると言う、大きな展示会です。
そこで何と私の写真の絵が2位に選ばれました。 ^0^ ^0^  やった〜!!!

でもこの作品、好きだったのに売れてしまって、賞は嬉しいやら、売れたのは寂しいやら‥。

その他にも、このシリーズ(ワンダーランド)の中で一番大きかった絵‥写真右‥で、且 私の大のお気に入りだった“ジャズ・フェスティバル・イン・ダラス”と言う絵も売れてしまって、スッゴク複雑な気持ちです。  でも絵描きが、自分の絵が売れるたびに寂しがっていたらダメですよね? ハッハッハ〜。^0^  ここは気持ちを引き締めて‥。  でも寂しい‥。^0^


Pool Repair-1 Pool Repair-2

■ 家のプールの側壁に大きなクロっぽいシミの様なものが出来ました。
どうも、壁の中から染み出しているようなこのシミ。 幾らブラッシングをしても何をやっても直りませんでした。(勿論主人がですが‥。 ^0^)
そこで一大決心。  プールの水を全部排出して、その箇所の大修理を自分達でやろうと‥。 まずは壁を削るんのに電気を使うために、水を全て掻き出すポンプを借りてきて、約20,000ガロン(約10万リッター)ある水をプール外へ。 その後数日乾燥させて、いよいよ壁を削る作業に入りました。 その後で、水漏れ防止のためにエポキシ樹脂を塗布、その上から白色のコンクリートを‥。
実はこれで上手く行くと思ったのですが、コンクリートとプールの壁の色が合わないために、更に別の樹脂を買ってきて、コンクリート部分の半分を削って上から塗布しました。 一件落着〜、っと言いたかったのですが、その後数ヶ月経ったら又黒いシミが‥。 いやはや、素人の修理ってダメなんでしょうか? ^0^


IceIrving-1 IceIrving-2

■ なんと、鹿児島と緯度がほぼ同じなダラスで、2011年の1月に-11℃という日が数日続きました。
勿論ダラスでは非常に稀なために、この寒さと雪の中での車の運転の仕方を、皆さんは知りません。 ですので、数日間家からは一歩も出ませんでしたが、もっと大変な事が‥。
通常は、寒いときに氷結して機械が壊れるのを避けるために回り続けるプールの水巡回機が、余りの寒さで止まってしまいました。  これが止まり続けると、機械の中に入っている水を綺麗にするフィルターや、クロラインを作り出す機械が駄目になる可能性が高いので、最初は二人して機械にお湯をかけて凍結状態を溶いてやり、その後で機械全体にカバーを‥。  これを2日間続けるのは、大変な作業でした。


インタビュー-1 インタビュー-2

■ 主人と友人のビルが参加して、ダラス・ミュージアムの宣伝用のビデオ撮りがありました。‥ビデオ撮りは、この二人だけでなく、数人と行ったようですが‥。
インタビュー形式で行われたのですが、問題は主人が『ミュージアムで行われているジャズに関してのインタビュー』と言う件は聞いていたらしいのですが、“主旨”を聞かないで出かけたこと。 ^0^ ^0^
主人は、『このジャズの企画をもっとものにしよう』っと意気込んで出かけたのですが、どうも質問の雰囲気が違う。 でも、『言うべき事を言わないで帰ると後悔する』っと思った主人は、明快に自分の意見を‥。 ハッハッハ。 ^0^   後で知ったのが“宣伝用のビデオ撮りであったこと”。 ^0^   撮影後にミュージアムのYouTubeで見てみると、友人のビルの部分はチョッとだけで、主人は一言『ヤー』っと言っただけで他はカット。    でも、本格的な録画スタジオでの経験は、主人にも写真を撮った私にも楽しいものでした。


2010年忘年会

■ 毎年年末に我が家での忘年会があります。 最初の頃、アメリカ人からは『忘年会って何?』とか、『何で“忘年”しなければならないの?』などと言う質問も出ましたが、そう言う質問も出なくなって、チョッとは安定したかな?
ここには、ジャズが大好きなアメリカ人の友人達や、実際のジャズ・プレイヤーも参加して、『ガヤガヤ・ワイワイ』と楽しく時間を過ごします。(中には飛び込み参加も居ますが‥。 ^0^)
今では本当の友人関係になっているメンバーが中心ですので、食べ物もいろいろ実験的に出すものもあったりして楽しく過ごしています。  以外と驚くのが『アメリカ人って何でも食べるんだ〜』っと言うこと。  牛のたたきや天婦羅、ハッシュド・ビーフなどは勿論大人気ですが、金平ごぼうや肉じゃがまで殆どの人が大好き。
日本酒の美味しいのは望めないのでワインが中心ですが、大体8名程度の食事で、ワインは5本から6本空きます。  勿論全く飲めない人、少しだけ嗜む人も居ますので、如何にアメリカ人って飲んべいか。  皆車を運転して帰るので、せめて事故だけは気を付けて欲しいと願っています。

胡桃割り人形

■ ここDFW(ダラス・フォートワース・デントンを含んだ都市圏)の著名なパフォーマンス・グループの一つに、テキサス・バレー・シアターがあります。 このバレー団が毎年年末に演じるのが“胡桃割り人形(Nutcracker)”です。
でも、毎年演じているこのNutcrackerですが、コレオグラフィーは勿論、衣装や舞台装置も毎回少しずつ変わります。 ですので毎年見に行っても、飽きると言う事はありません。
   毎回『凄い!』っと思わせるのには、振り付けやバレーの難易度だけでなく、バレーリーナ・バレーダンサーの表現力や安定性もあります。 殆ど人間の極限に近い運動をしているにも関わらず、にこやかさを絶やさずに一糸乱れずに踊る凄さは感動ものです。 兎に角凄いです。
DFWのパフォーマンス・アート(ジャズやクラシック音楽、バレーも勿論、その他のダンスやミュージカル、オペラも含めて)のレベルの高さを感じる瞬間です。




■ ここダラスにも、オバマ元大統領を始め、映画俳優、スポーツ関係の有名人(イチロウ等も含めて)は沢山来ましたが、私達が会った数人の中でもお話をして今でも印象に残っている人たちに関して書いてみます。

まずはウィントン・マルサリスですが、彼は自分のビッグバンドを引き連れて、NYから来ました。 彼は今までで唯一、クラシカルとジャズ部門で同年にグラミー賞を取った人ですので、流石にトランペットのテクニックは凄かったのですが、音量も人一倍。 楽しい夜を過ごせました。

次に、マイルス・デイビスやビル・エヴァンス等など、数多くの著名ジャズ・プレイヤーとの演奏をしてきたエディー・ゴメス。 彼のトリオのメンバーでもあり友人でもあるステファン・カールソン(ピアニスト、写真右)がダラス近郊に住んでいるので、エディーがNYから演奏に来ました。 彼の音楽は絵で言えば印象派。 古風でありながら近代的。 トリオのメンバーがお互いに顔や相手の様子を見ながら、即興で作り上げていく音楽の過程を見ていると『凄い!』って感じさせられます。 ちなみに、一番奥に居る人は一時期ビル・エヴァンスのトリオにも一時いたドラムのエド・ソーフで、今はステファンと同じ大学、UNT(University North Texas) の教授です。

最後はモンティー・アレキサンダー。 クラシカルで言えばショパンとかリスト。 ピアノで綴る音楽の詩人といった感じ。 私達にはチョッと軽めのジャズでしたが(^0^ ゴメンなさいモンティ ^0^)、スッゴク楽しい時間を過ごせました。

最後ですが、余り日本ではお馴染みでは無いですが、超(^0^)素晴らしいクラシカルのヴァイオリニストが居ます。
彼の名前はAugustin Hadelich。 ドイツ系イタリア人で、今はアメリカ在住です。 私達は、彼がダラスに来た際には、余程時間が合わなかった時を除き、殆どの場合(ダラス・シンフォニーとのコンチェルトからピアノとのデュオまで)聴きに行きました。 最近の音楽シーンではテクニカルな面だけが騒がれていますが、彼の音楽には“心”が有ります。 なかなかそう言う音楽家に会うのは珍しくなっていると感じて残念です。 一緒に撮った写真もあるのですが、残念ながらハレーションの関係でウェブには載せませんでした。

ウィントン・マルサリス エディー・ゴメス モンティー・アレキサンダー


dream girls

■ 映画でお馴染みになったドリーム・ガールズのミュージカルがダラスで演じられました。
今まではクラシック音楽やジャズ、それとバレーやダンスで充分満足していた私達でしたが、『たまにはミュージカルも‥』等と言って、又もやノコノコと‥。
過去には、たまにラスベガスやニューヨークに出かけた時にしか見なかったミュージカルですが、このドリーム・ガールズを見た途端に一気にファンになってしまいました。 ^0^ ^0^
華やかな音楽と歌に、華やかな衣装。 それと華やかな仕掛けたち。 オペラは基本的にはイタリア語で演じられますので、私達には意味も半分しか分らず(目で見る事が助けになって、半分程度は内容が分りますが…^0^)、退屈する事もあったのですが、ミュージカルはそれに比べてスッゴク分り易くって‥。  楽しい時間を過ごせました。





Moby Dick-Captain Ahab

■ ダラスのオペラ・ハウスが新しくなッた年の2010年、私達はオペラを余り知りもしないで、ダラス・オペラのシーズンチケットを買いました。 ^0^ ^0^
6つの作品のシリーズで、“ロメオとジュリエット”や“リゴレット”、“蝶々婦人”等と豪華な顔ぶれだったのですが、最後に演じられたのが何と“モビー・ディック”。
日本では“白鯨”と言う名前で知られているアメリカ文学の大作ですが、淡々とした船の中での状況を描いている内容からして、『オペラ』が想像出来ませんでした。
しかし、昔からのオペラが大々的で豪華な衣装と大道具を駆使しているのに対して、このモビー・ディックは近代的な3次元の仕掛けと映像を使って堂々と“白鯨”を演じてしまいました。
勿論このモビー・ディック、ダラス・オペラが世界で初めて演じたものですが、この話題はNYからLAまで駆け巡って、大喝采を得たものでした。  世界初演のオペラを見られた経験は、私達が大のオペラ・ファンではないにしても、スゴク良い想い出になりました。





DCCC Headquarters

■ 2009年の10月。 私達が日本に一時帰国する直前の事でしたが、私の作品の中で一番大きかった絵が売れました。  それも買って頂いた方は、DCCCと言うダラス近郊のコミュニーティー・カレッジをまとめている本社の第一人者(中央の大きな人です)。
このDCCC本社の建物はダラスのダウンタウンの東に位置する大きなビルです。  ビルの中でもこの第一人者の事務所だけで、日本であればチョッと大き目の喫茶店程度ありました。
彼の専用の秘書室(4人)や会議室(40名程度用)を入れると、多分300uくらいで、私の絵はその会議室に出入りする大きな壁面に飾るとか‥。  会議に来た皆さんにも観て頂ける良い場所でした。

当日は絵の配達だけと言う事で、二人ともジーンズと言うラフな格好で行ったのですが、『記念に写真を‥』と言う事で、数枚の写真を撮られました。  皆さんスゴク親切だったんですけど、チョッと恥ずかしい格好で‥。



■ ダラスのジャズの中心地の一つサモンズ・センターで、“ジャズとワインのテイスティング”のイベントが行われました。  そこで、今までアメリカでは一度も経験の無かったボランティアに初挑戦。  私達が担当したのはお客様へワインを注ぐ係り。
ワインのサービス・テーブルは4つに分かれており、それぞれがヨーロッパ、北米、オーストラリアとニュージーランド、それと南米のワインをサーブします。  私達は始めての挑戦でしたので、二人して南米のワインをサーブするテーブルを希望して参加しました。  『どうせ南米のワインのテーブルになんて来ないぞゾ〜』っと言う下心からだったのですが、開けてびっくり玉手箱。(チョッと古いですか?)   なんとチリやアルゼンチンのワインも意外と人気で、私達のテーブルにしか来ない人も居る有様で、結構大忙し。

最初は緊張してワインを注いでいたのですが、担当者から『勝手にワインを飲んだり、オードブルを食べてたりしても良いんだよ』っと言われた後は緊張が一気に取れて、写真(右)の様な有様で‥。
でも、スッゴク楽しい経験でした。  終わった後は一旦栓を抜いてしまったワインは持ち帰っても良いというおまけ付き。  半分程度しか残っていないものが殆どでしたが、8本のワインを持ち帰って2週間程度楽しみました。^0^  アメリカのボランティアって、何か余禄が有るんですよね?
**左; スタートした直後の二人で、未だチョッと緊張感が残っています。
**中央; 各テーブルを回って各国のワインを10種類ほどテイストし、オードブルまで食べたら怖いもの無し。

Sammons Center-1 Sammons Center-2



Dallas

■ 私達が住んでいるアービング(Irving)市は、ダラスの衛星都市の一つです。  ダラスは、市単体としてはテキサス州2番目の都市ですが(1番はヒューストン)、周辺の市を加えたメトロプレックスとしてはテキサス州最高の都市圏を持つところです。
*アメリカ(50州); 土地面積=962.8万平方キロメートルで日本の約25.8倍 / 人口=約3億1500万人
*テキサス州; 土地面積=69.55万平方キロメートル‥アラスカに次いで2番目で、日本の約1.8倍 / 人口=2400万人‥CA州に次いで2番目。
*ダラスの都市単体としての人口は、アメリカで9番目(124万人)。
*ダラスの都市圏を巻き込んだメトロプレックスとしては、ニューヨーク、ロス、シカゴ、サンフランシスコに次いで5番目の都市(人口630万人)。


Home

**上; ダラスのダウンタウンの一部
**右; 散々の嵐にも耐え抜いた、“狭いながらも楽しい我が家”の表玄関。

少しだけ私達が住んでいる家の近辺の四季や環境に関して、写真でご案内を‥。
ダラスは、基本的には非常に水が多い場所で、廻りには小さな湖から、琵琶湖程度の大きなものまで無数に湖があります。 湖の数は、数えきれないくらいです。 その水を利用して、アービング市には幾つもの綺麗なキャナル(運河)が形成されています。  飲み水もその湖から供給を受けている訳ですが、多くの湖のお蔭で余り頻繁にはありませんが、それでも気温35℃〜40℃で雨が少ない夏になると、たまには水の使用制限が出ることもあります。 私達がダラス近郊の街アービングに居た16年間で、1度か2度の水の使用制限がありました。
でも、一般家庭への影響は余り記憶をしていません。^0^

まずは春の写真を3枚、夏の写真を3枚、秋の写真を1枚と、冬の写真を2枚載せてみました。

Spring in Irving Pear Blossom Blue Bonnet


*左上; 徒歩で数分の近所には沢山のキャナル(運河)があり、それに沿ってズット散歩道があります。
       これはキャナルでの春先の風景で、この散歩は、最高にユッタリした気分にさせてくれます。
*中央; 3月に咲く小さな梨の花ですが、桜にソックリで、咲く期間も1週間程度と桜と同じです。(初登場の主人。)
*右上; テキサスの州花、ブルー・ボネットです。 場所によっては一面にこれが咲くところも有ります。

Farmer's Market Swiming Pool Grapevine Lake


*左上; 初夏のファーマーズ・マーケットの風景です。  6月末から8月中旬に掛けては、マンゴーやピーチ、
       ネクタリン、チェリー、各種ベリーと果物が沢山出回ります。  一番の果物の季節です。
*中央; 家のプールです。 小さいプールですが、これが無いと夏の楽しみはなくなりそうなくらい‥。 なんせ、暑くて他の戸外でのスポーツはほぼ無理ですので…。^0^
*右上; 夏に皆が良くバーベキューをしに来る、近所の湖です。 私達は1回/2年程度しか利用しません。

Fall in Irving Xmas Xmas-2

秋と冬
*左上; 家の近所の紅葉風景です。 多分寒暖の差によってでしょうが、凄く綺麗な年とそうでない年があります。
*中央; いよいよ冬。 近所のXmasの飾りつけです。    私達は、面倒なので家の中にXmasツリーを
       飾るだけにしていますが、近所では飾り付けをしている家も多いです。
*右上; キャナル(運河)沿いにあるレストランも、すっかりXmasの飾りが終わっていました。

その他の近隣状況ですが、ダラスの交通事情も少しだけ‥。  ここ数年で、アメリカ中で一番交通量が増えたのがダラス地域と言われています。  東京ほどではないですが、最近は凄く混雑してきました。

Traffic in Dallas Traffic in Dallas-2 HOV

*左; ダラスのダウンタウンに向かう高速道路ですが、通常は3車線、多いところは6車線あります。
*中; 1本の高速道路が3つに分離。 だから私は高速度道路の運転はしません。 もっぱら主人の仕事‥。
*右; TX州には、高速道路に“HOV”と言うシステムがあります。‥写真中央の車線(黄色い線と細かい白線の間)
   “HOV=Highly Occupied Vehicle”(二人以上の人間を乗せた乗用車)と言う意味で、トラックや一人乗りの
   車は通れません。  混雑解消とガソリンの消費を同時に解決しようと言う作戦です。


Swan Lake-2

■ アメリカでは音楽にもシーズンがあり、特にクラシック音楽やバレーなどのダンス・プログラムは、主に10月に始まって、翌年の5月までが主なシーズンです。
去年の末から今年に掛け、私達は凄く恵まれた環境にありました。 去年余り観る機会が持てなかった、バレーの古い名作を観る機会が有った事です。
昨年の12月にはチャコフスキーの“胡桃割り人形”、今年の2月には“白鳥の湖”が上演されました。 昨年もいろいろとバレーやダンスを観る機会があったのですが、これらの云わば“名作”と言われているものはなかなか上演されず、されても切符が手に入らない状態でした。
今回の云わば“名作”と言われているものには『古さを感じるかな?』っと思っていたのですが、余りにも綺麗で素晴らしい作品なのでビックリさせられました。
上演したのはテキサス・バレー・シアターと言うバレー劇団ですが、個人的には世界のトップと肩を並べるバレー団だと思っています。
去年はどちらかと言えば新作のダンスやバレー、今年は曰く“名作”と呼ばれているものを観たわけですが、『どっちも凄い!』っと言うのが正直な意見です。 ここダラスではジャズやクラシックの音楽家も凄い人たちが沢山いますが、色々な世界に色々な凄い人たちが揃っているんだな〜と感心させられたシーズンでした。


miro_live

■ このコンサートのパンフレットには、『このダイナミックなミロ弦楽四重奏団のは、若い情熱溢れる演奏と熟練した演奏によって、長年に渡って世界中の観衆や評論家を魅了し、世界でトップの減額四重奏団に躍り出て来た』と書いて有りました。  彼らの演奏を聴いて、私は完全に彼らに見合った言葉だと思います。
ミロ四重奏団は、1995年に設立されて以来即座に成功への道を歩みだし、幾つもの室内音楽の世界大会で優勝を飾ってきました。 そんな音楽を聴いた後、私達を『しばらくはこのままの環境に浸っていたい』と思わせるほど、素晴らしいコンサートでした。







■ ここではチョッとだけダラス近郊のジャズ・シーンを紹介します。
勿論ここでは色々な素晴らしいジャズのグループが、ライブ・ハウスやバー(下の“アムステルダム・バー”の欄を参考にして下さい)、レストランなどで演奏しますが、その他にも教会でも演奏をします。
しかし もっと凄い事は、このように当たり前の場所だけではなく、例えばダラス美術館(毎週最低1回)やワイン・セラー、更には個人宅でも演奏会を行います。
このように多くの音楽や他の芸術に接する機会は、私達の世界をゴージャスでハッピーなものに変えてくれました。
*写真左; Dallas美術館で、毎週木曜日に毎回違うミュージシャンが来て演奏を行います。
*写真中; 友人宅でのジャズ・ライブ
*写真右; Times Tenと言うワイナリーでのピアノ・トリオの演奏

DMA (Dallas Museum of Art) Jazz Night in Jan. '09 Friend's House Live Times Ten Wine Cellar


Amsterdam Bar-Nov. '08

■ ここが私達にとって、ダラスでのジャズのメッカとなった“アムステルダム・バー”です。
ここでは、TX州北部では最も実力と人気が伴ったテナー・サックス・プレイヤーの一人Shelley Carrolが、毎週月曜日の夜の10時から朝の1時までライブを行っています。 全てのプレイヤーは素晴らしく良い人たちで、勿論優れたタレント性を持っています。(ピアノのScott Bucklin、ベースのJonathan Fisher、ドラムスのAndrew Grifith…後に親友になった一人)も、TX北部では屈指のプレイヤーです。)
更には、ここにジャズを聴きに来る人たちは大概が大のホット・ジャズのファンで、ガヤガヤ煩い割には“ツボ”を心得ている良い観衆が揃っています。
私見ですが、夜遅いことを除けば、ここはダラス地域で一番素晴らしいジャズが聴ける場所だと思っています。   朝の1時まで起きていないといけないのは、チョッと辛いですが‥。






Duke Elington Band at Cotton Club Tokyo

■ 僕たちのアメリカ生活の中で、ジャズ・プレーヤーとして初めて近しい友人になったシェリー・キャロル(Shelley Carrol)は、かの有名なデューク・エリントン・バンドの現役のトップを受け持っているテナーサックス・プレイヤーです。  その為に、彼はアメリカ国中だけではなく、世界的な活動をしています。 年に1〜2度は日本や中国にも公演に行きます。
この写真は、08年の10月に東京のコットン・クラブでの食事付きのライブの様子ですが、3週間のここでの公演のあと、名古屋でも1週間の公演を行いました。
丁度時を同じくして私達も日本に一時帰国していましたので、Shelleyからのお誘いでコトン・クラブに行った時に撮ったのがこの写真です。 ‥写真を撮った後で言われたのですが、ここは写真が禁止だったとか‥。 ゴメンなさい、コットン・クラブさん。
この一日前、私達はShelleyも含めて昼食をとったのですが、その時には以前ビル・エヴァンスのバンドでドラムを叩いていたマーティー・モレルも一緒でした。
彼らは両方とも大の日本食ファンで、寿司や刺身、天婦羅、何でも大好き。 マーティーなどは何度も何度もフロリダの家で友人を含めて寿司パーティーを行うとか‥。




Karen Gomyo at Meyerson Symphony Hall

■ 私達はラッキーにも、丁度日本に帰国するチョッと前、カレン・ゴミョー(日系カナダ人)がダラス・シンフォニーと行ったヴァイオリン・コンチェルト‥チャイコフスキー‥を聴きに行く機会を得ました。
彼女は1982年に日本で生まれたのですが、2歳の時にカナダのモントリオールに移り、既に5歳の時から公共の場での演奏を始めました。
スカラー・シップでジュリアード音楽院へ招待されて入学、その後1997年のコンテストで15歳にして優勝するなど、世界の階段を駆け上っているバイオリニストです。
彼女の"Ex Foulis" 1714年Stradivariusから出される音は、迫力も充分で私達を魅了せずにはいませんでした。

演奏中の写真撮影は禁止されていますので、未だ開演される前の写真です。 スミマセン。




■ 2008年9月、グレイトなグレイトなグレイトなジャズ・フェスティバルが、ダラスの西隣の都市、フォート・ワースでありました。
勿論近郊の素晴らしいジャズのグループは沢山出たのですが(これだけでも大満足)、この年は余りにも世界的に有名なジャズ・プレイヤーのグループが3組も参加しました。
しかも、この近郊でのジャズ・フェスティバルは、殆どの場合が無料です。 “無料”って素晴らしいですよね??
ここでこの3組を紹介しておきます。(地元の優秀なプレイヤーの皆さん、ゴメンなさい。)
*左: デイビット・サンボーン・カルテット
*中: ランディー・ブレッカー & フォートワース中心のミュージシャンで構成されたビッグ・バンド。
*右: リー・リトナー・カルテット

David Sanborn Randy Brecker Lee Retenour


■ 08年の9月には、5人の友達が日本からやって来てのシカゴとナイヤガラの旅がありました。
シカゴでは、一人が建築家だったので、日中はもっぱらFrank Lloyd Wirghtの有名な建築物と新旧入り混じるシカゴ・ダウンタウン巡り。 夜はシカゴの美食巡りに徹した感じです。(シカゴはアメリカでも有数の“食の町”としても有名です。)  Shaw's Crab Houseでのメイン・ロブスターやアラスカン・キング・クラブ、Chicago Chop HouseでのPrime Ribは勿論、チャンとJohn HancockのSignature Roomでの夜景も満喫したと言う贅沢な旅でした。  この旅行で太ったのは何Kg??
世界3大滝の一つのナイヤガラの景観は、“圧巻”、“凄〜い”、“何これ?”、“ヒェー!”って言う感じでしょうか。  余りにも巨大な滝が、余りにも沢山の水をエリー湖からカナダ側に運んで行く。 『これでエリー湖の水が無くならないのは何で??』って言う疑問が出てくるのは私達だけではないのでは無いでしょうか? 一度は皆さんも足を運んでみては如何でしょうか?
*左; シカゴのダウンタウンの中心地(シカゴ・トリビューンとシカゴ・リバーの側で‥。)
*中; ジョン・ハンコックの95階、シグネチャー・ルームからのシカゴの夜景。
*右; ナイヤガラの滝を、“メイド・オブ・ザ・ミスト”と言う船から見たところ。

Chicago Downtown Chicago Night View Niagara Falls


■ 私と主人とで、5月にラスベガスを訪れました。  これは私の6回目のラスベガスで、主人にとっては『大体15回目かな?』っと言っていましたが、 数え切れないみたいでした。
大体2年に一回は私達、ラスベガスを訪れて来ました。 それは、毎回毎回訪れる度に新しいホテルが出来ていて、それが毎回毎回私達をビックリする世界に連れて行ってくれるからです。
ラスベガス・ブールバードに面する体外の大きなホテルは部屋数が3,000〜8,000もあり、シルクド・ソレイユを中心とした夜の有料のショーは勿論のこと、無料で行われる野外のショーも見逃せません。 膨大な噴水を使って音楽に合わせて水を躍らせるホテル・ベラージオ、火山を爆発させるホテル・ミラージュ、海賊船とアマゾネスの船が戦うトリージャー・アイランド・ホテルのショー。 全て無料の野外ショーです。
昔のラスベガスは“カジノの町”として有名でしたが、今ではすっかり“アミューズメントの街”に変わっています。 一度も見ぬバカ、二度見るバカ??  私達は何に当たるのでしょうか???
*左; ホテル・ニューヨーク・ニューヨーク。(これで一つのホテルです。)
*中; ベネティアン・ホテルの中で。(この運河とゴンドラ。 ホテルの中なんですよ。)
*右; ホテル・ベラージオの噴水のショーとホテル・パリス。(ベラージオのジャズ・バーのテラスより‥。)

LV-NYNY LV-Venetian LV-Bellagio & Paris

?? 春になると、あちこちでアートフェスティバルが行われます。 沢山のフェスティバルの中から、2つだけご紹介します。
左の写真のサウスレイクと言う市が主催するもので、他の2枚の写真はダラスとのツインシティーのフォートワースと言う市のものです。 真ん中の写真は、フォートワースに行くために乗った、ダラスとフォートワースを結ぶ電車の中での写真です。
ここDFWは、このシーズン晴れの日が多いです。 アートだけでなく、音楽や食べ物(殆どがジャンクフードですが…^0^)も楽しめます。 殆どのミュージシャンはローカルの人達ですが、ここDFWは沢山の大学を中心に芸術の文化程度が高いので、NYなどと比べてもほぼ同等の音楽に接することが出来ます。 恵まれた環境だと思います。

Southlake Art Fest. '08 To Fort Worth (DART) Fort Worth Art Fest. '08


??グランド・サークル、2006年8月
**グランド・サークル;グランド・キャニオンを中心とした大自然の集合体で、中にはブライス・キャニオン、アーチズ、モニュメント・ヴァレー、メサベルその他沢山の見所がある、ユタ州〜ネバダ州〜最も西部のコロラド州にかけた、広大な国立公園群です。 これは私達にとって2回目のグランド・サークルです。 最初はエルパソからサボテンで有名なツーソン?フェニックス?サンタフェ?フラッグスタッフ等を経由したドライブでした。 今回はそれよりも長い、ダラス〜TX州のパンハンドルにあるアマリロ(アマリヨ)?サンタフェ(以降は同じルート)経由での旅でした。 その後はグランド・キャニオン〜レイク・パウエル?ブライス・キャニオン〜アーチズ?モニュメント・ヴァレーを廻って、グランド・サークルの最後はメサベルデ。 総行程のドライブ距離は3000マイル(約4800km)。 長?いドライブでしたが、刻々と変わる周囲の風景も堪能(理解)出来、楽しい旅行でした。
ご存知のグランド・キャニオンを筆頭に、勿論壮大な大自然を満喫したのですが、一個一個の大きさ(例えば、モニュメント・ヴァレーやブライス・キャニオンの一個一個のロック)はとても日本では味わえない迫力があって素晴らしい経験でしたが、一番ビックリしたのがメサベルデです。(メサ・ヴェルデに関しては下記に…。)
この旅、私達は車で(4800q)10日間を掛けて廻って来ました。 どうか『欲張り』とは言わないで下さい。^0^ それだけ素晴らしい大自然だと言い訳をさせてください。^0^ ^0^

私達が廻ったのは、アメリカ西部の大自然が中心でしたが、地球は如何に素晴らしいものか、この地球の歴史を後世まで残さなければ?ッと言う気持ちを抱かせる旅でした。

**言葉は不要かと思います。 ここがThe"グランド・キャニオン NP”です.

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**レイク・パウエルの周りを通って、ブライス・キャニオンへ。 まるで巨岩の兵隊さんのようでした。^0^

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**大体2時間の行軍(ひたすらな山登り)の末にたどり着いたのが"アーチズ NP"です。
名は体を表すの通り、沢山の巨岩のアーチが沢山あるNPです。 写真で見る超有名なデリケート・アーチ。
最初の写真はアーチの約50mくらい手前に立っている写真ですが、2枚目の写真をよく見て頂けると、主人がアーチの真下に立っています。 米粒大の主人ですが、沢山は無い主人の貴重な写真です。^0^ ^0^
どのくらい、一個一個の岩が大きいか、年月が経つ中で如何にこれらの巨岩が危機的な状態(崩れ落ちる)に有りそうかが分かって頂けると思います。

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**ここは上記で『一番驚いた』と言うメサ・ヴェルデ(緑の大地)です。 驚いた理由はその凄さにもありますが、何でこんなに歴史的で神秘的な場所が余り知られていないか…ッと言う不思議さも驚きの一つでした。
写真では分かりにくいですが、ここは約400m?500m(聴き違いでなければ ^0^)もある絶壁の途中にある半地下都市の集合体です。 メサ・ヴェルデ。 この地には、約1世紀頃から農耕民であるアナサジ族と言う人種が住み始めたとの説明が有りましたが、12世紀頃外敵の襲来に備えて絶壁の途中に村落を作り、そこに住み始めたのでは…っとのことでした。
しかし、外敵とは他のアメリカ原住民なのか狼などの動物なのか等は一切不明とのことで、更には200年程経った後に原因不明のままこの地は空になったと言う事で、謎だらけの半地下住居群でした。
この時代は、未だ欧州からの移民が来ていない時代ですので、更に謎めいています。

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??マウント・レーニエとシアトル、2005年7月末
マウント・レーニエ。 私達がアメリカをいろいろ旅行した際、大のお気に入りになった場所が3か所あります。 それは、イエロー・ストーンとグランド・サークル(グランド・キャニオンを中心とした、一大スペクタクルの大自然群です)、それとこのマウント・レーニエです。
マウント・レーニエがその一つになった理由は、北米第二の万年氷河と、そのすぐ下(中腹)が織りなす対比です。
夏、"パラダイス"(大体6合目〜7合目)はワイルド・フラワーが咲き乱れる、まさに"パラダイス"です。 写真でお分かりかと思いますが、この辺りは一面ビッシリと敷き詰められたワイルド・フラワーに覆われます。 但し、夏の大体1週間だけです。
その花々の中を縫うように、縦横みじんにハイキング道路が有ります。 誰も道路わきに柵などしていませんが、誰も自然を破壊するような行為はしないからだと思われます。 見習いたいところです。
  8合目か9合目から上は、万年の氷河です。 ですので、9合目以上に上ろうと思った際には、ある程度そういう環境に適応した準備が必要です。
この花の大スペクタクルと大氷河のコントラスト。 これがこのマウント・レーニエの魅力だと思っています。

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**マウント・レーニエのハイキング道路とワイルド・フラワー群です。

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**左; 誰?この人…。(^0^) **中央と右;私達が泊まった小さな可愛いホテル。

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**左と中央; マウント・レーニエの二日目。 **右; シアトルの中心地で。



??北カリフォルニア旅行、2004年8月
私達、今まで数回に渡りサンフランシスコやワインで有名なナパ・ヴァレーには行っていたのですが、2004年の8月、今まで行ったことが無かったカリフォルニア州の北部にある、レッドウッドNPとヨセミテに行ってみることにしました。
勿論今回が最初だったレッド・ウッド国立公園やヨセミテは素晴らしかったのですが、私達が大好きなワインのテイスティングが出来るナパやソノマも最高!! ^0^ ナパへは北から入ったので、ソノマを通ってナパへ。 勿論ナパの近郊に小さなホテルを見つけて、ワインと食事を楽しんだ後はそこで一泊。 なかなか良い旅でした。^0^

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**左と中央;レッドウッドNPの巨大なレッドウッド。 **右;美しいサンフランシスコのベイエリアで。

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**数件のワイナリーを訪ねました。 **中央;ワイナリーからのグレイプ畑。 **右;旦那様はワインのテイスティング中。^0^

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**グレイトなヨセミテ。 私達が行ったのは8月でしたが、パーク・レインジャー曰く『5月頃が最高』だとか…。 理由は水量がズット豊富だから滝も湖も川も、もっと壮大だと言っていました。 チョッと残念ですが、5月のヨセミテは寒そう。^0^ ^0^



??イェローストーンとグランド・ティトン、2002年8月
もし私達が"最も旅行をしたいトップ3”を選ぶとすると、間違いなくその上位に来るのがこのイェローストーンとグランド・ティトンです。^0^
今回は、私達にとって2回目のイェローストーンとグランド・ティトンでした。
ご存知の通り、イェローストーンは世界で最初に国立公園として指定された場所として良く知られていますが、余り日本からの旅行者が多い場所ではありません。 それは立地条件にあると思います。 第一に、この近辺には沢山の人口が集まっている都市がないことと(夏場以外 ^0^)、グランド・ティトンの山々が邪魔をして、大型の飛行機を飛ばせる飛行場としての立地条件が少ないと言う事にあると思います。 事実、私達が経由したコロラド州のデンバーからの小型飛行機でさえも、グランド・ティトンの山すれすれに降下していきました。
私達が2回訪問して感じたことは、イェローストーンには4つの顔があるのではないかと言う事です。 もし私達の記憶が正しければ(^0^)、南西部=沢山の湖と穏やかな自然が多くある、東南部=間欠泉と清く緩やかな川が多く存在し、北西部=同じく間欠泉もありますが、テラスと呼ばれている温泉の影響で出来た階段状の石灰棚が有り、北東部=野生動物の宝庫と言った感じでしょうか。

又、イェローストーンから車で約30分程度の場所にあるグランド・ティトンですが、もし私達の記憶が正しければ(^0^)、この美しい山々はカナディアン・ロッキーの南に位置していますので、その雄大さも気高さもカナディアン・ロッキーのDNAを引き継いでいると思います。
美しく雄大な山々、多くの湖、咲き乱れる花々、それを縫うように縦横微塵に設計〜作られているハイキング道路。 どれをとっても訪れる価値のある場所です。 又、冬にはこの地はスキー客で一杯になります。(マイナス25℃位になるのですが…。 ^0^)
ですので、イェローストーンとグランド・ティトンの組み合わせが、如何に素晴らしいか…。 一度訪問される機会が有ればと…。^0^

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**偉大なる間欠泉です。 ここイェローストーンには世界の70%の間欠泉が集まっているとか?^0^

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**ここでは『プール』と呼ばれている、静かな間欠泉です。 沸騰しているお湯が無限に出て来るのですが、
 写真でも分かるように、お湯は限りなく透明で、且つプールによって色が違います。
 それは、プール毎にバクテリアが違うからだとのことです。 それ以上の理由は分かりませんでした。^0^

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**イェローストーンの色々な顔です。 テラスと呼ばれている石灰が固まった段々。 豊富な水の滝や川が有ります。

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イェローストーンと下記のグランド・ティトンには、動物たちにも優しい大自然が有ります。 無数にいるバイソンは
勿論、鹿(エルクです)、ブラック・ベアー、グリズリー・ベアー、角を持った顔が長い馬みたいなムース、狼、
コヨーテ、勿論可愛いリス達も。
バイソンは人間なんて気にも留めずに、道路をバンバン歩いて来ます。 大きいバイソンの顔の大きさは、大体私の
上半身くらいあります。 何もしなければ大人しいですが、やはり怖い存在ですよね〜。^0^

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この列は、全てイェローストーンの隣にあるグランド・ティトンでの写真です。
**左;数少ない私達二人のツーショット。^0^ ^0^ グランド・ティトンの山々をバックに。
**中央;映画シェーン”で有名になったキャビンです。『Shane, come back!』^0^
**右;ハイキングコースですが、30分程度のものから4時間掛かるものまで無数にあります。
   怖いのは、ハイキングの最中の約2時間〜3時間の間、人間には誰にも会わないことです。
   だって、ここにはバイソンも、ブラック・ベアーも、狼やコヨーテも居るんですから…。^0^

私達が最初にアメリカに渡った1995〜1999年には、色々な町を見てみたいと思ってNYやボストン、ラスベガス、
ニューオリンズ、マイアミは勿論メキシコのリゾート地のカンクーンなどを巡って来ました。 しかし数年経って
アメリカの大自然を廻ってみますと、その後はこのけた外れの大スペクタクルに魅了されて、アメリカ国立公園の
旅に終始するようになりました。 それだけ魅力ある大自然群です。^0^

★ 何か御座いましたら、コンタクトのページにありますe-mailまでご連絡頂ければ幸いに存じます。
("コンタクト"のページを参照下さい。)